佐野市縁の芸術家(村田 良策)

村田 良策(むらた りょうさく)

イタリア文化勲章を受章

明治28年~昭和45年(1895年~1970年)

名誉教授称号講義ノート 手紙短歌
略歴

1895年佐野市に生まれる。父は台湾日々新聞社長として台湾に赴任していたが、「教育は内地の方が良い」ということで母と共に佐野に残り、幼少期を過ごした。

1913年県立佐野中学を卒業、同年、旧制二高(仙台)に入学、1916年に東京大学文学部美学美術史料に入学。1921年東京美術学校(現東京芸術大学)に奉職。1943年同校教授に昇進し、1949年東京芸術大学校長に就任。新制大学発足と共に美術学部長に就任する。大学教授としての美術教育に尽力し、また、世界の近・現代美術の紹介に努め、美術界に尽くした功績は顕著なものがある。

中でも、1951年神奈川県立近代美術館の創設に尽くした功績は特記に値する。
日本の伝統的な価値が否定され、あるいは無視されていた時代風潮の中にあっての、東洋及び日本の古美術の真価の普及浸透に尽くしたこの美術館活動は、村田の祖国愛と美術尊重の心の発露といえよう。

1952年国立近代美術館運営委員、国立西洋美術館評議員、神奈川県立博物館長を務め、わが国の芸術界の進歩、発展の大きな推進力となった。また、日本及び日本人の文化水準の高さを海外に示した功績は高く評価される。

1953年東京芸術大学を定年により退職し、同大名誉教授となる。1963年イタリアより文化勲章を受章する。1967年神奈川県立近代美術館長を退任して、神奈川県立博物館館長に就任。1970年74歳で逝去される。著書に『美術概論』『色彩の科学』『欧州美術批評史』などがある。

(『佐野高校100年史』から前澤 敏氏の著より抜粋。)

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